多発性硬化症の神経変性メカニズムを解明:免疫プロテアソームが引き起こす代謝破綻とフェロトーシス

論文紹介

皆さん、こんにちは。キツネ博士じゃ。 神経科学の分野において、炎症と神経変性の関連は長年の研究テーマじゃった。特に、自己免疫疾患である多発性硬化症(MS)では、なぜT細胞の浸潤とそれに伴う炎症が、不可逆的な神経細胞死を招くのか、その詳細な分子機序は完全には解明されておらんかった。

本日紹介する論文(Woo et al., Cell, 2025)は、この長年の問いに対し、「免疫プロテアソーム」「神経代謝」「フェロトーシス」という3つのキーワードを繋ぐ、驚くべき分子カスケードを明らかにした、非常に重要な研究じゃ。

炎症下の神経細胞で起きるプロテアソームの異常

プロテアソームは、細胞内の不要なタンパク質を分解する、いわば細胞の品質管理を担う重要な装置じゃ。通常、その触媒活性の中心はβ5c(PSMB5)というサブユニットが担っておる。

しかし、MSの病巣やそのモデルであるEAEマウスの神経細胞では、炎症性サイトカインであるインターフェロンγ(IFNγ)の作用により、プロテアソームのサブユニットが入れ替わることが、本研究で明らかにされた。 具体的には、β5cが免疫プロテアソームのサブユニットであるβ5i(PSMB8)に置き換わるんじゃ。

免疫細胞において、この「免疫プロテアソーム」への変換は、抗原提示能力を高めるために有利に働く。しかし、驚くべきことに、神経細胞ではこのPSMB8の組み込みが、プロテアソーム全体の分解活性を著しく低下させることが判明したんじゃ。 これは、分裂しない特殊な細胞である神経細胞では、免疫プロテアソームが予期せぬ機能不全を引き起こすことを示しておる。

プロテアソーム機能不全が引き起こす代謝スイッチの破綻

プロテアソームの機能が低下すると、本来分解されるべきタンパク質が細胞内に蓄積する。研究チームは、その蓄積するタンパク質の中に、解糖系の重要な制御因子であるPFKFB3(phosphofructo-2-kinase/fructose-2,6-bisphosphatase 3)を見出した。

健康な神経細胞は、細胞の酸化ストレスを消去するための抗酸化物質(還元型グルタチオン、GSH)を産生するために、ブドウ糖代謝をペントースリン酸経路(PPP)に優先的に振り分けている。 そのため、解糖系を強力に促進するPFKFB3は、常にプロテアソームによって分解され、低レベルに保たれておるんじゃ。

しかし、炎症下でPSMB8が誘導されプロテアソーム機能が低下すると、このPFKFB3の分解が滞り、細胞内に蓄積する。その結果、神経細胞のブドウ糖代謝はPPPから解糖系へと強制的にシフトさせられてしまう。 これが、炎症下の神経細胞で起こる代謝の破綻じゃ。

代謝破綻からフェロトーシスへ:神経細胞死の実行

解糖系への代謝シフトは、致命的な結果をもたらす。PPPの活性低下は、抗酸化システムの根幹であるNADPHとGSHの産生低下に直結する。 GSHは、グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPX4)の補因子として、脂質過酸化反応を防ぐ重要な役割を担っておる。

このGSHが枯渇すると、細胞は酸化ストレス、特に鉄依存的な脂質過酸化に対して極めて脆弱になる。そして最終的に、フェロトーシスと呼ばれる、制御された細胞死のプログラムが実行されてしまうんじゃ。

本研究は、「IFNγ → PSMB8誘導 → プロテアソーム活性低下 → PFKFB3蓄積 → PPP活性低下・GSH枯渇 → フェロトーシス感受性亢進 → 神経細胞死」という、炎症から神経細胞死に至る一連の分子経路を初めて明らかにした。

結論と治療への展望

この発見の臨床的意義は計り知れない。研究チームは、EAEマウスにおいて、免疫プロテアソーム阻害剤(ONX-0914)の全身投与や、神経細胞特異的なPsmb8の遺伝的欠損が、神経細胞死を防ぎ、臨床症状を改善させることを示した。 さらに、PFKFB3阻害剤(Pfk-158)の投与や、神経特異的なPfkfb3の欠損も同様に強力な神経保護効果を示したんじゃ。

これは、PSMB8PFKFB3が、MSにおける神経変性を食い止めるための、有望な治療標的となりうることを示しておる。炎症を抑えるだけでなく、神経細胞自体の脆弱性を改善するという、新たな「神経保護療法」への道を開く、まさに画期的な研究じゃと言えよう。

【今回ご紹介した研究】

  • 論文タイトル: The immunoproteasome disturbs neuronal metabolism and drives neurodegeneration in multiple sclerosis
  • 著者: Woo, M. S., et al.
  • 発表年: 2025
  • 掲載誌: Cell, 188, 4567-4585
  • DOI: https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.05.029

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