【続編】YAPシグナルは組織の司令塔だった!線維芽細胞がマクロファージの数を決める驚きの仕組み

前回は、クローン病においてYAPシグナルが過剰に活性化し、線維芽細胞が暴走することで腸が硬くなる「線維化」の一因となる、という話をしたのを覚えておるかな。YAPシグナルが、病気の文脈では厄介な働きをすることがわかったわけじゃ。

では、病気ではない正常な状態、つまりわしらの体が健康に保たれている時、このYAPシグナルは一体どんな賢い役割を果たしておるんじゃろうか?

本日紹介する論文(Zhou et al., PNAS, 2022)は、まさにその疑問に答える、素晴らしい基礎研究じゃ。YAPシグナルが、単なる細胞増殖のアクセルではなく、異なる細胞間のコミュニケーションを司る「組織の司令塔」として機能する様子を見ていこう。

細胞社会の多様なルール:「スペース派」と「増殖因子派」

わしらの体は、多種多様な細胞が集まってできた「細胞の社会」じゃ 。この社会がうまく機能するためには、それぞれの細胞が適切な数だけ存在することが不可欠じゃ 。しかし、異なる種類の細胞が、どのようにしてお互いの数を調節しているのか、そのルールは謎に包まれておった

この研究では、組織に普遍的に存在する2種類の細胞、「線維芽細胞」と「マクロファージ」に着目した 。そして、これらの細胞が全く異なるルールで自身の数(増殖率)を制御していることを見出したんじゃ。

  • 線維芽細胞: 組織の骨格を作るこの細胞は、「空間の利用可能性(スペース)」に非常に敏感じゃった。つまり、周りが混み合ってくると増殖を停止する「スペース派」じゃったんじゃ 。
  • マクロファージ: 免疫を担うこの細胞は、自身の増殖に必要な「増殖因子(エサ)」の量に敏感に反応する「増殖因子派」じゃった 。

実験的にも、線維芽細胞の増殖率は細胞密度に強く依存し、マクロファージの増殖率は増殖因子CSF-1の濃度に強く依存することが示された 。まるで、土地の広さを気にする農耕民族と、食料の量を気にする狩猟民族のようじゃな。(逆に、線維芽細胞の増殖率は増殖因子にはあまり依存せず、マクロファージの増殖率は、細胞密度に依存しなかった)

では、全く異なるルールで生きるこれらの細胞たちは、どうやって組織内で調和を保っておるんじゃろうか?


YAPシグナルの真の役割:空間情報を読み取り、細胞間コミュニケーションの指令を出す

ここで再び、YAPシグナルの登場じゃ。研究チームは、

線維芽細胞が「スペース」という物理的な情報を感知するセンサーこそが、Hippo-YAPシグナル経路であることを見出した

具体的には、こうじゃ。 細胞密度が低い(=スペースが空いている)と、線維芽細胞はYAP1タンパク質を核の中へ移行させて活性化させる 。逆に、細胞密度が高い(=混み合っている)と、YAP1は核から締め出され、不活性化されるんじゃ

前回のクローン病の話では、このYAP1の活性化が線維芽細胞自身の増殖を促し、線維化につながると解説した。しかし、今回の研究は、YAP1の役割がそれだけではないことを明らかにした。活性化したYAP1は、自分自身のためだけでなく、全く別の細胞種であるマクロファージの運命を左右する「指令」を出していたんじゃ!


指令の正体「Csf1」:YAPが司るマクロファージの増殖因子

YAP1が出すその指令の正体は、マクロファージにとっての特異的な増殖因子であるCsf1(コロニー刺激因子1)じゃった 。

驚くべきことに、活性化したYAP1は、Csf1遺伝子の近くにある「エンハンサー」と呼ばれる、遺伝子のスイッチを遠隔操作する領域に直接結合することが、ChIP-seqという技術で突き止められた 。つまり、線維芽細胞は、以下の連携プレーを行っておったのじゃ。

【スペース感知から他者コントロールへの流れ】

  1. 感知: 線維芽細胞が「スペースが空いている!」と物理的に感知する。
  2. 伝達: 細胞内のアクチン線維(細胞骨格)が緊張し、その力が核に伝わることでYAP1が活性化(核内移行)する 。
  3. 指令: 活性化したYAP1が、Csf1遺伝子のスイッチをオンにする 。
  4. 実行: 線維芽細胞から放出されたCsf1を受け取ったマクロファージが増殖する 。

この一連の流れは、YAP1を人工的に活性化させた線維芽細胞(YAP1CA)とマクロファージを一緒に培養する実験でも見事に証明された。YAP1CA線維芽細胞と培養すると、マクロファージの数とその比率が著しく増加したんじゃ


結論:YAPシグナルは組織の恒常性を司る司令塔

この研究が明らかにしたのは、

組織を構成する異なる細胞集団の数は、それぞれが独立に決めているのではなく、一方の細胞(線維芽細胞)が微小環境(空間)をセンシングし、その情報を基に他方の細胞(マクロファージ)の数を制御するという、極めて合理的で精緻なコミュニケーションシステムが存在するということじゃ

この仕組みは、体の恒常性を維持する上で非常に重要じゃ。例えば、組織が損傷して細胞が失われ「スペース」が空いた時、線維芽細胞は即座にそれをYAPで感知し、修復の専門家であるマクロファージを呼び集めるための

Csf1を放出する。これにより、迅速かつ適切な組織修復が可能になるんじゃな

前回解説したクローン病の線維化は、この賢いシステムが、慢性的な炎症という異常事態によって破綻し、YAPシグナルが暴走してしまった結果と捉えることもできるじゃろう。

YAPシグナルは、単なる細胞増殖のON/OFFスイッチではない。周囲の環境を読み取り、異なる細胞種の運命までをも司る「組織の司令塔」。生命が持つ、かくも美しき調和の仕組みに、わしは改めて感動じゃの。

今回ご紹介した研究】

  • 論文タイトル: Creeping fat-derived mechanosensitive fibroblasts drive intestinal fibrosis in Crohn’s disease strictures
  • 著者: Bauer-Rowe, K. E., et al.
  • 発表年: 2025
  • 掲載誌: Cell, 188, 1-18
  • DOI: https://doi.org/10.1016/j.cell.2025.08.029

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